相変らず、冬場は行き場に困る【日本百名水の旅】ですが、
小春日和の週末、《小鹿野町》の【毘沙門水】を汲みに出かけます。
前回の【風布川・日本水】もすぐ隣の《寄居町》と云うなかれ!
もう64回目を迎えると、色々大変なんだよ~ってことでお許しください。
地元の『道の駅』【玉村宿】を左手に、出発~
《藤岡市》を抜けて、《小鹿野町》に向かうってことで…
2014年に、『富岡製糸場』と共に『世界遺産』に登録された『高山社跡』ですが、
近すぎて一回も行ったことがない!
隣のゴルフ場から見下ろしたことは何回もありますが…
どんなところか?と寄ってみると…
駐車場には、立派なトイレが~
トイレの前には…
『電光掲示板』があるものの、点いてな~い!
冬場なので、人が少ないのか?はたまた、ブームが過ぎ去ったのか?
駐車場から、【高山社情報館】へ向かう道には、綺麗な幟がはためいています。
でも、ここは山の中…
『イノシシ』や『アライグマ』が出るんだって!
竹藪の先の、【高山社情報館】の前には、観光地ではお決まりの…
お蚕さんだ~
皆さん、お蚕さんを見たことあります?
私の記憶では、小学生の頃、近所の農家でお蚕さんを飼っていたのを覚えています。
間違って踏んじゃうと、緑色の体液が~って!
知ってる人は知っている~
コロナ対策ばっちりの【高山社情報館】に入ると…
こんな立派なジオラマが!
昔の養蚕農家の模型もあって…
私とかみさん二人だけの為に、館長さんが丁寧に『高山社』の説明してくれました。
『高山社』創設者の【高山長五郎】は、農地の少ない山間地の住民の為、
養蚕で生計を立てようしましたが、当時の養蚕は蚕病などに影響され、
安定して繭を収穫する事は難しく失敗続きだったといいます。
そんな時、別宅で養蚕に取り組んでいた弟(木村九蔵)が
良質な繭を収穫したと聞き、呼び寄せて同じ方法で飼育をしましたが、
やっぱり失敗したそうで、原因は方法ではなく環境ではないかと気づき、
温度と換気を調整し、『清温育』と云う飼育方法を確立したそうです。
【高山社情報館】の中には…
当時の養蚕風景や…
何これ~ってものまで…
【大沢式雌雄鑑別器】と云うらしく、繭のオスメスを仕分ける機械なんだって!
オスの繭よりメスの繭の方が重いことに着目し、
手で回すと自動でオスメスを仕分けてくれる優れもの!
一般の方が、捨てられちゃうものを【高山社情報館】へ寄付してくれたんだって!
こんなの見たことあります?
【高山社情報館】を出ると…
【高山長五郎】の銅像が!
『高山社跡』に向かう竹藪を歩くと…
風に揺られて、「カラ、コロ」と風情のある音をたてている小径を抜け…
小高い丘に『高山社跡』が見えました。
市内の人は無料のようですが、私達は市外なので1000円払って入場してみました。
入ると、市役所の方でしょうか?
寒い中、屋外でパネルの説明をしてくれました。
明治24年に建てられた建物には、
数年前まで【高山長五郎】の子孫が住んでいたそうです。
2階の蚕室には、当時の風景がそのまま残っていました。
屋根の櫓を利用して、換気を調整し、1階の囲炉裏を使って温度を調整した
『清温育』の説明もありました。
当時の養蚕農家にとって、『清温育』はバイブル的なもので、
『清温育』を学ぶ為、日本全国から養蚕家がこの『高山社』に集まったそうです。
帰り際の『長屋門』も立派!
江戸時代後期に建てられたそうで…
この門の金具のハート柄!
皆さん知ってます?
『猪目』と云って、魔除けや福を招く護符なんだって!
「知らなかった~」確かに、古い建物に良くありますよね~
一つ勉強になった!
意外にボリューム満点の『高山社跡』を後にして、【毘沙門水】へ向かいます
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如何でしたか?
『世界遺産』に登録されたのは、もう7年前…
近くにあって、大したことないと思っていましたが、
当時の最先端技術を伝えていた『高山社』は、今の日本で云えば《つくば市》?
アメリカで云えば、《シリコンバレー》?みたいなとこでしょうか?
こんな群馬県の片田舎にあったなんて、恐るべし『世界遺産』!
今ならそんなに混んでませんから、説明も独り占め!
行ったことのない方は是非、行ってみてください!
次は『荒船風穴』にでも行ってみようかな?
違う違う!【毘沙門水】を汲みに行かなくちゃ!
ってことで、次回パートⅡへ続きま~す。